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「年あらた 祈りてひらく 創世記」
これは、救世軍に属するある信徒が詠よんだ俳句です。
この方は、クリスチャンとして忠実な生涯を送った方であり、創世記は何度も読んだことがあったことでしょう。しかし、新年を迎えて、心新たに創世記に目を通す、そこから一年の歩みに思いを馳せる……そんな気持ちがこの歌には込められているのでしょう。
創世記の冒頭には
「初めに、神は天地を創造された」(1章1節)
と記されていますが、その神は
「御自分にかたどって人を創造された」(1章27節)
とも記されています。神のかたちに似せて造られた本来の人間の美しさを傷つけているのが人間の罪です。しかし、キリストを迫害するという罪を過去にもつ使徒パウロは、こう言っています。
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」(コリント人への第二の手紙5章17節 口語訳)
それは、迫害者から愛の使徒へと生まれ変わったパウロの確信に満ちた証言ということができるのです。
かつて、村松愛蔵という代議士がいました。無欲な清貧な政治家でしたが、贈られた金を不用意に受け取ったことから「日糖事件」と呼ばれることとなる疑獄事件に連座することになり、他の有力な代議士たちと共に刑務所に送られました。代議士たちの言い分は様々であり、
「なに、これは落雷のようなものだ。運悪く僕らの上に落ちたのだよ」
と言って、運を咎めて自分を咎めなかった人。
「なに、こんなことは僕らばかりではないからね」と言って、他人を咎めて自分を咎めなかった人がいました。しかし、ただ一人
「今度のことは全く僕が悪かったのです。その申し訳は社会に出てから事実をもってするしかありません」
と言った人がいたのです。その人こそ村松愛蔵でした。彼は、潔ぎよく服役し、釈放されると救世軍に入隊し、救世軍士官としての新しい人生―神と人とに仕える人生―を始めていったのです。
「打ち砕かれ悔いる心を 神よ、あなたは侮られません。」(詩編51編19節)
とあるように、神は村松愛蔵を赦し、救い、聖めて多くの人々の涙を拭う愛の人として新しく造られたのです。
紀元前十三世紀の初め、エジプトで奴隷の苦役の中にあったイスラエル人が、約束の地カナンを目指してエジプトを脱出する「出エジプト」という一大事件が起こりました。その時、神はイスラエルの人々の指導者であったモーセとアロンにこう言っています。
「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。」(出エジプト記12章2節)
奴隷の境遇から脱出した出エジプトの旅は、心を束縛する罪から救われて新しい人生の旅を始めるクリスチャンの姿を象徴していると言えるでしょう。イスラエルの人々の生涯の転機となった「お正月」を、神は私たちに「心のお正月」として備えてくださるのです。
「心のお正月」―それは、
主イエスを心の中に救い主として迎えた時に始まるお正月と言うことができるでしょう。私たちが、神に似せて造られた「本来の自分」を取り戻すことができるようにと、主イエスは十字架に架かかって死に、三日目によみがえって、これを信じる者に救いの道を開いてくださったのです。
お正月の晴れ着にも勝る美しい衣。それは神のかたちを回復した人のみがまとうことを許された「神の愛と赦しの衣」なのです。
(救世軍士官〔伝道者〕・司令官)
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