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震災後間もなく、救世軍韓国軍国から救援物資を船便で送るとの連絡を受け、送られてきたのはコンテナのサイズとしては一番大きい40f.で11本。飲料水3万4千本(500cc)、毛布4600枚、救急グッズセット4000箱でした。
この大量の救援物資を一時保管のため引き受けていただいたのが日本ロジステック株式会社でした。同社は、船便による海外から最初の救援物資の受け入れと通関手続き、また被災地までの輸送(光ライン)を引き受けていただくと共に、6月まで保管場所を無料で提供いただきました。
なお、救援物資は、陸前高田、気仙沼、南相馬、いわき市などの被災地にすべて届けられました。
救援物資輸送にまつわるエピソードを紹介します。
昨日は、陸前高田に行かれた運転手…と言っても、ドライバーは運輸部の部長と次長でした。
陸前高田では、荷下ろしが二ケ所から三ヶ所になっていたそうです。が、それは、もちろんクレームでは無く、このような被災地に行くときにはあることだと思っているようでした。
それよりも、部長が言っていたのは、三ヶ所目に、荷下ろしに来たのは、女の子と男の子二人だけだった。それも聞くと、二人とも小学六年生だったというのです。
男の子は、体が小さくて、小学三年生ぐらいにしか見えませんでした。しかし、この二人は、本当によく頑張って荷下ろしを手伝おうとしていました。
ピストンで、もう一度、大型車から持って来るとき「お水が崩れると大変だから押さえて様子を見ておいてね。」と言って戻ってくると、二人で、ずっとその水を守るようにして立って待っていました。
結局、二人には水を見守る役目を頼み、荷下ろしは危ないので部長と次長の二人でしたそうです。運輸部長は、本当に感動したそうです。
「こんなに純心な子供たちを見たことが無い。」と。
幾つかの会話をした後、「おじさんたちは、ディズニーランドがある舞浜から来たんだよ。ディズニーランドが15日から始まるよ。今度、ディズニーランドにおいで」と言うと、女の子の方が「あっ!! 15日は私の誕生日!! 行きたいなあ。」無邪気に喜んでいたそうです。もう会うことが無い二人かも知れませんが「ディズニーランドに連れて来てあげたくなったです」と部長は言っていました。
もう、東京では見ることが無いような純心で、すれていない子供たちだったそうです。
被災地で誕生日を迎える子供たちが大勢おられるでしょうね。部長が言うには「被災地で会う大人たちも、驚くほどに前向きで元気だった。心意気を感じた。」
「東京では、見えていないことだった」と言っておりました。陸前高田に行ったドライバーからの報告でした。(2011年4月15日)
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