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2011年3月11日に起こった巨大地震と津波の被害は甚大で、死者・行方不明者は約2万6千人を超え、地震後1カ月以上経っても、13万人以上の人々が避難の生活を余儀なくされている。
救世軍では引き続き救援活動を各地で展開している。
3月30日、福島県いわき市からの要請を受けて救援チームが出動。避難所になっている県立小名浜高校で、給食活動をおこなった。五目寿司、肉と野菜たっぷりのうどん(615食)を避難している方々や近隣の方々に配食し、たいへん喜ばれた。また子ども会を開催、綿菓子やお菓子、シャボン玉などを用い、楽しい時を提供。 4月5日、北海道からのチームは、フェリーで秋田から岩手県に入り、陸前高田市で2日間にわたり救援活動をおこなった。まだ水道復旧の目途の立たない米崎町の糠塚沢公民館と隣接する雷神自治会館に避難している方々に、カレー給食(250食)と、翌日は、揚げたての救世軍ドーナツ付きのコーヒーサービスをした。また、ラッパの演奏や足湯のサービスもし、ほっとする時間を提供した。4月12日と14日、東京からと関東からの救援チームが宮城県気仙沼市のバプテスト教会付属の愛耕幼稚園で、園児と家族、そして地域の人々を対象に給食活動と子ども会をおこなった。ラーメン、シューマイ、チャーハン、フランクフルトなどの昼食(200食)が配食され、親子は園庭に敷かれたビニールシートの上で温かい食事を楽しんだ。4月13日には、市街地が壊滅的な被害を受けた牡鹿郡女川町に救援チームが入り、高台に残った上三地区40世帯に、温かいうどんとともに鮭ちらし寿司を提供した。途中の石巻市やこの女川町など、まだ炊き出し等の救援が必要な場所は多くある。今後も、長期の支援活動が続けられる。
韓国の救世軍からは3万4千本の水(2リットルのペットボトル)や毛布、日用品セット(男女2人分の毛布、防寒着、衛生用品など)が送られてきたが、4月20日現在までに、運輸会社の協力を得て、いわき、陸前高田、気仙沼に届けられている。
2011年3月11日に起こった東日本大震災で被災した方々に対して、救世軍では引き続き、救援活動及び復興のための支援をおこなっている。
4月18〜22日、北海道からの救援チームが、再び、岩手県陸前高田市で(664食)、4月19〜22日、東京からの救援チームが宮城県石巻市のキリスト兄弟団石巻教会と渡波地区で(900食)、4月26〜28日には、西日本・東京・関東の合同チームが、渡波、そして牡鹿郡女川町を再び訪れ、上三地区と針浜で(650食)、温かい食事による救援活動をおこなった。同じ期間に、万国本営・緊急支援チームから遣わされたルスベン少佐を伴った調査チームが宮城県庁を訪れ、これからの復興への支援のリサーチがなされ、県庁の職員も救世軍の給食活動の様子を一緒に視察された。
5月に入ってからも、9〜13日、陸前高田(795食)、10〜11日、渡波(493食)、と毎週のように給食による救援活動は続けられている。これらの活動は、主に社会鍋に寄せられた献金によって支えられている。5月1日、有名なミュージシャン細野晴臣氏の要請で、コンサート会場(日比谷公会堂)に、被災者支援のための社会壁が立てられ、観客から協力を得ることができた(110,154円)。
一方、被災された人々のこれからの生活のニーズへの支援活動も具体的に進められている。リサーチによって検討され、5月の末から、漁に必要な装具(ライフジャケット等)や仮設住宅の備品(布団等)などが、女川の漁協や、宮城県仙台市に送られている。これらの支援は、主に海外の救世軍を通して寄せられている多額の献金によってなされる。また、韓国の救世軍から送られた水(2リットル入りペットボトル)は、5月に入ってからも、まだ水の供給が0分でない陸前高田に運輸会社の協力を得て、届けられている(6,912本)。
イギリスでは、日本に住んだことのある救世軍人が小隊の集会で献金を募り、また、カナダでは、網走と姉妹都市のポートアルバーニ市でおこなわれた日本を応援するイベントに地元の救世軍も参加、これらで集められた献金が送られてきている。
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